俺にとって愛すべき新宿という場所について

俺にとって気兼ねなくいける場所――新宿。誰かに気を遣ったり、服装にこだわったり、やたらと構えたりせず、ありのままの姿でぶらりと立ち寄ることが出来る新宿が、俺は好きだ。このサイトではそんな俺の好きな新宿と、その歴史や成り立ち、そしてその新宿が舞台になった愛すべき物語や映画などについて語ることにしよう。

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新宿の地理


 今では十把一絡げに新宿とくくられてしまう事がほとんどですが、実際の新宿の地理についてしっかりとした知識を持っていると、その土地土地で全く別の顔を持っているという事に気づけます。昼夜にわたり人並みが絶えることがなく、巨大な商圏として成立しているという特徴は引き継ぐ物の、それぞれの、細かい地方によってそれぞれの顔が存在しているのです。このページでは新宿駅を起点としつつも、それぞれの地方がどのような特徴をもっているのか、またどのような特色のある建物があるのかについて詳しく紹介していこうと思います。

新宿駅東側

 新宿駅の東側は日本一の繁華街となっており、昼夜を問わず人がいない時間がありません。特に老舗デパートや専門店・飲食店等が密集しており、駅東口ちかくにあるスタジオアルタや中央東口の交番は、新宿でも屈指の待ち合わせ場所になっています。また、夕方の終業時間になると著しく混雑し、サラリーマン達で街があふれます。

 バーニーズ・ニューヨーク、伊勢丹(本館・メンズ館)、丸井(5館)、新宿PePe等のデパート、ルミネエスト新宿などの専門店が集まっています。ビックカメラはユニクロとビックカメラの複合施設であるビックロにリニューアし、三越南館も大塚家具になっています。紀伊国屋書店、中村屋、新宿高野等の老舗が今も残っており、伊勢丹が面する明治通りを渡った、新宿通りと靖国通りに挟まれた3丁目東端エリアには新宿末廣亭という戦前から著名な寄席があって、この寄席がある通りを「末広通り」と呼び、2丁目側のもう一つの通り「要通り」と合わせて、飲み屋街を形成しています。またこの界隈を正式地名ではないが、要町と呼ぶことがあります。この飲み屋街を抜け、御苑大通りを渡ると新宿2丁目です。

 丸ノ内線、都営新宿線、副都心線の各新宿三丁目駅があって、地上のビルと地下道等で繋がっています。

 既存の新宿武蔵野館、新宿松竹会館から建て替えられた新宿ピカデリー、旧新宿東映会館跡地にできた新宿バルト9等シネマコンプレックスや映画館もあります。

新宿駅西側

 新宿駅の西口に連なっているのは小田急の両デパートやハルク、京王、ルミネ等の専門店です。また駅前は大型量販店等が集まり、歩を進めると超高層オフィスや超高層ホテル等が集まる超高層ビル群などがあるなど、まさに副都心にふさわしい趣があります。元々新宿駅の西側は、1950年代までは十二社池(じゅうにそういけ)といったような大きな池もあって、戦前までは東京近郊の行楽地でした。そうしたこともあって、1960年代までは駅東側に比べ長閑(のどか)で寂しい地域だったのです。しかし、このころ千代田区周辺の東京都心部に機能が集中していることが課題となり、新宿西口が副都心としての特徴を強めていきました。

 1965年(昭和40年)には西口にあった淀橋浄水場が東村山市に移転し、その跡地に1971年(昭和46年)の京王プラザホテルを皮切りに超高層ビルが挙って建設され、後に新宿副都心と呼称されるようになりました。また東京都庁が1991年(平成3年)に有楽町からこの地に移転してより後、新都心と呼称されるケースもあり、高層ビル近辺では1968年(昭和43年)に開園した新宿中央公園が都会のオアシスとして人気です。

新宿駅北側

 新宿駅の北側、歌舞伎町方面は飲食店やホテルが軒を連ねて巨大な歓楽街を形成しています。それはいわゆる新宿ゴールデン街も歌舞伎町の中にあり、西武新宿駅が至近です。一方、線路の西側である小滝橋通り周辺には、輸入、中古レコード店やライブハウス等が目立ち、都営大江戸線新宿西口駅が存在します。

 この2駅の間にはJR線の高架が存在しアンダーバスが形成されていないため、小滝橋通り沿い方面は新宿駅の他の地域に比べれば人の往来は少なめです。

 また、歌舞伎町の北方には、コリアンや中国人を主とした外国人が多く居住していますが、一方で怒羅権等チャイニーズマフィアの活躍拠点の一つにもなっているとされます。

新宿の待ち合わせはめぐりあえるのか?!

新宿駅南側

 かつて四谷旭町と言う住所で作家の林芙美子が下宿していた場所として知られている新宿四丁目は、入り組んだ路地に民家や旅館、個人商店等が都市開発の煽りを受けビルに阻まれる様に取り残されている雑多な地域でした。しかしそれも、平成10年前後の再開発によって大きく変化していき、周囲には超高層ビルや巨大デパートなどが建設される場所になっていきました。そして、新宿高島屋から駅構内に続く歩道橋が整備されると、新たな人の流れが生まれ、これまでは訪れなかった人々が商圏に流入指定事になります。

 戦後、満州からの引き揚げ者が餃子屋を多く営んでいた新宿駅南側ですが、今はアルタと同様目印となる巨大ビジョン(FLAGSビジョン)がある駅南口、東南口は階段と周囲が一新されFLAGSのオープンにより待ち合わせの人等で異常なほど混雑するようになっています。

 また夕方から夜にかけてはアマチュア音楽家による演奏が行われて、家路を急ぐ人々がそれらのパフォーマンスを楽しむような等の注意を惹いています。吉本興業の芸人らが出演する劇場「ルミネtheよしもと」もあります。なお、タカシマヤを含む甲州街道の南側は、新宿四丁目の一部を除き渋谷区千駄ヶ谷と代々木に属します。

なお、京王デパートと小田急デパートの間には「モザイク通り」という遊歩道があって、様々な商店が軒を連ねています。西口から南口側へ抜けるにはここを通れば最短で便利です。

雨の日にありがたかった「サブナード」・・。

東新宿駅周辺

 東新宿駅周辺、つまり、新宿三丁目の北であり、歌舞伎町の東に位置している新宿六・七丁目は、元々住宅が多い地域でしたが、都営大江戸線の東新宿駅が七丁目に開設されるやいなや高層マンションが多数建てられることになり、東京メトロ副都心線開通によって異常なほど利用者が増加することになります。また、明治通りではライブハウスの老舗店舗がいくつもあり、さらに進むと商店街なども沢山あります。

 また東新宿駅の東南部約3.7万㎡の日本テレビゴルフガーデン跡地を三菱地所が落札し再開発に着手しました。敷地一帯が「新宿イーストサイド」と名付けられ、敷地北側は大きなビジネスエリアになり、広場や遊歩道だけでなく、一万人もの人が就業可能となる商業、ビジネス複合型オフィスビルである「新宿イーストサイドスクエア」が建設されました。2012年5月に竣工、9月にグランドオープンしました。他方の敷地南部はレジデンスエリアとして整備され、高さ111.7m、総戸数761戸のタワーマンション(パークハビオ新宿イーストサイドタワー)等が建設されました。

 新宿イーストサイドスクエアは、竣工時において都内最大級の1フロア辺り面積を有していて、スクウェア・エニックス・ホールディングスや東急ハンズ等が本社移転し、オフィス機能やグループ企業の集約化が進められています。さらに、新宿イーストサイドスクエアと東新宿駅を直結するサンクンガーデンには広場や歩道と同じく飲食店街が広がっています。これに合わせて曲線階段やプロムナード(遊歩道)やベンチ等が設置されていて、新宿七丁目につながる新宿文化センター方面や、地区東側から新宿駅方面をつなぐ歩行者ネットワークが補強される等、周辺の住宅地や商業地と一体化した回遊性の高いランドスケープが形成されています。